バクティ・ヨーガ

 

 

 

 

バクティとは愛という意味です。それでは、愛をどう定義したらいいのでしょうか?

 

 マザー・テレサは愛と対極にあるものは憎悪ではなく「無関心」だと説明しました。この説明は深く愛の本質を突くものです。つまり愛とは他(他己)を否定せず、自(自己)と「共生」させることです。そしてこの「共生」が愛とするならば、自と他の共生には二種類の方法があります。他を自のものにする、支配による共生。もう一つは自を他のものにする、奉仕による共生。両方共生の範疇には入りますが、前者は歪んだ愛(カーマ)、後者は真正な愛です。愛の本質を体験したことのある人なら、私達の喜びは人を支配し仕えさせる(人に何かしてもらう)ことよりも、人のために何か奉仕をする(人に仕え喜んでもらう)ことの方が強くそれを感じられることを実感されていると思います。

 

 ジャン・ド・ラ・ブリュイエールも「もっとも大きな快楽は、他人を楽しませることである」という名言を残しています。それが私達の本質なのです。人の不幸を自分のことのように悲しみ、人の幸せを自分のことのように喜ぶ。自己も他己もサーマ(平等、同事)に置いた時、そこに真実の愛の交流が生まれます。自分を他者よりも優先させることをカーマ(我欲)といいます。サーマディとは物質的な心情であるカーマが破壊(ディ)された時、二元相対性から解脱し絶対的で精神的な平等視(サーマ)を得る状態を指します。

 

 『バガヴァッド・ギーター』では全編をとおしてヨーガ体系が説明されています。私達は心の状態によりそれぞれ各人が幸せになるために、ある特定の対象と心のベクトルをヨーガ(連結)させることになると説かれています。その対象とは、「ダルマ」「アルタ」「カーマ」「モクシャ」「プレーマ」です。

 

 全ヴェーダを要約した解説書『ヴェーダンタ・スートラ』の第一声は「今ブラフマン(絶対真理)について問うべきである」です。そして第二声は「ブラフマン(絶対真理)とはエネルギーの源である」と書かれています。そして『シュリーマド・バーガヴァタム』第1篇2章11節には「絶対真理を知る者は、真理は二つあるのではなく一つであり、その捉え方によってブラフマン(ブラフマジョーティ:非人格の梵、光輝)、パラマートマー(万物に内在する至上魂:ヴィシュヌ)、バガヴァーン(至上なる最高神:クリシュナ)と呼ぶ」と説明されています。このなかで最高の悟りがバガヴァーンの悟りです。なぜならエネルギーの源は至上なる存在バガヴァーン・クリシュナだとヴェーダ教典では結論されているからです。クリシュナとはクリシュ(存在、喜び)、ナ(源)という意味です。

 

 ブラフマン(非人格の梵)、パラマートマー(万物に内在する至上魂)の様相はエネルギーの源から発せられたエネルギーなのです。ブラフマン(非人格の梵)をゴールにするのがギャーナ・ヨーガ、パラマートマー(万物に内在する至上魂)をゴールにするのがラージャ・ヨーガ(アシュタンガ・ヨーガ)であり、この二つのゴールを「モクシャ」と言います。そしてカルマ・ヨーガのゴールは「ダルマ」「アルタ」「カーマ」であり、それぞれ、現世ご利益宗教、お金儲け、我欲です。しかし厳密に言うとこれらのヨーガはエネルギーの源とは繋がっていません。

 

 そしてバガヴァーンをゴールにするのがバクティ・ヨーガであり、そのゴールは「プレーマ(クリシュナに仕え、喜んでいただく:それを純愛と言います)」です。『シュリーマド・バーガヴァタム』第1篇1章1節には「主よ、私はバガヴァーンでありヴァスデーヴァの息子(クリシュナ)であるあなたに心からの敬意を表する。(中略)私は絶対真理であるあなたを瞑想する」と記述されています。このバクティ・ヨーガによってのみ私達は究極のゴールであるエネルギーの源と繋がります。

 

 『バガヴァッド・ギーター』第15章15節には「全ヴェーダは私(クリシュナ)を知るためにある」と宣言されています。つまりヴェーダ教典の目的は根源のバガヴァーン(スヴァヤン・バガヴァーン)であるヴリンダーヴァンのクリシュナ(ヴラジェンドラナンダナ)を知り仕えることでであると結論されます。

 

 全ての存在はクリシュナから発せられたエネルギーです。私達ジーヴァ(個別魂:アートマー)もクリシュナのエネルギーであり、エネルギーはエネルギーの源を知り愛を持って仕えることにより、つまり自己をクリシュナのものにした時に、最も喜びに満ちた純愛(プレーマ)を体験します。それがバクティ(真正な愛の交流)です。ヨーガの最高完成の段階です。カルマ・ヨーガ、ギャーナ・ヨーガ、ラージャ・ヨーガ(アシュタンガ・ヨーガ)は、バクティ・ヨーガに至るための手段になります。バクティ・ヨーガこそが全ヴェーダの目的であり至高のヨーガであり、そして究極のゴールなのです。