二度目の入門を授かって

クリシュナアヴァターラダーシー

初回の initiation、私には奇跡でした。朝のクラスでも、よく告白してますが、タバコは1日40本、15才から愛用してしていました。牛肉は、1回につき、10人前を食べていました。お酒は、夜7時から朝4時まで飲んでました。それらをどうやって止めるかについて、毎日考えました。イスコンを訪れて半年くらい、私みたいな外道には、入門はムリだな!なんて投げ出し気分にもなりました。キールタンは嫌いだし、チャンティングなんて、通い始めて4年経っても、1日に4周しか出来ませんでした。だけど、バガヴァッドギーターのクラスは、毎週楽しみに通いました。

始めに肉をやめてみました。魚はOKにしようとか、徐々に減らすことを考えて止めていきました。家族には、菜食が今流行っているみたいだから、菜食してみる!とか言って、だんだんに徹底しました。タバコだけは、ダメだった。3日止めると、反動で45本以上になったり。結局、タバコ税が上がった日に止められたわけですが、クリシュナが助けてくれたとしか思えません。今は吸わないでいられるだけです。

初回入門のきっかけは、アミヤダーラマタジのマヤプールでの入門式の後日、カヴィチャンドラマハラージに促されたことでした。私はすぐ入門を決意し、テストを受け、無事サチャデーヴァマハラージから入門を授かりました。ここまでは、スムーズにいきました。

さて、2度の入門を受けるまでの長い長い年月は、話せば長すぎてどうして良いかわからないほどです。
ある事件をきっかけに、私はグルに不信感を抱き、グルを捨てるべきだという考えになりました。私の性格は、はっきりしています。きちんと、グルに理由を書き、「BG2-5捨てて良いグル」を指摘し、さようならとまで言いました。サチャデーヴァマハラージは、ご飯も食べられなくなるほどの心労もあったわけですが、当の私は、サチャデーヴァマハラージのことは、早く忘れて次のグル探しだ!と、必死になりました。ハリナマアナンダマタジと、モヒニムルティマタジ、次々と2nd入門していました。本心で言うのですが、その時の私は、羨ましい気持ちはありませんでした。むしろ、グル探しから始めなければならない状況が苦しかった。
私は、サチャデーヴァマハラージを悲しくさせるためではなく、私を本当に指導出来る方は、ヴァイシェーシカマハラージだ!と思い、何度かメールのやりとりしました。
ヴァイシェーシカマハラージは、「チャイタンニャチャリタムリタを読んだかい?ルーパゴースワミの弟子の1人が理不尽な扱いを受け、ヴリンダヴァンを追放された。だけど、彼はグルを捨てなかったよ。」と、書いてきました。
私は、「私はルーパゴースワミの弟子じゃありません‼︎」と、書きました。「それに、バヌマハラージは、2度目の入門は、初回のグルでなくてもいいって言ってます‼︎
このような手紙を読んだヴァイシェーシカマハラージは、バヌマハラージに「おまえは余計なこと言うな!」と、電話かけてまでバヌマハラージと口論したそうです。今振り返ると、私って本当に人騒がせです。ユガラキショーリちゃんも、少し巻きこんだかも。占いまでして頂きましたからね。

そして、ヴァイシェーシカマハラージが、メールにこのように書いてきました。
「本当につらい思いをしているね。とても大きな問題だ。
この問題は専門家に相談しなきゃいけないね。」
「専門家って誰ですか?どんな人でどこにいますか?」と、すぐに私はメールしましたが、ヴァイシェーシカマハラージからは返事なし。アミヤダーラマタジは、「今旅行されてるから、返事出せないよ。やっぱり、違うグルにするにしても、話し合った方がいいよ。話し合いしなさい。」と、大阪で話し合いのセッティングをしてくれたのでした。

そのセッティングでは、ヴァイシェーシカマハラージもご一緒でせいこちゃんを通訳に立てて、グルに言いたいことをぶつけました。そして、仲直り、ということになりました。ヴァイシェーシカマハラージは、この機会を作ったアミヤダーラマタジとヴァンチャチッタプラブを心底褒めておられました。勿論、私だってめちゃくちゃ感謝しています。

さて、ヴァイシェーシカマハラージがアメリカにお帰りになった時、「専門家ってどこに住んでいて、どんな方なんですか?」と再度メールで聞いたところ、
「ああ、そうそう、専門家ね。クリシュナだよ。」
と答えが返ってきました。電車の中でメールを読んだんですが、英語がよくわかってない私でさえ、爆笑してしまうようなヴァイシェーシカマハラージに相談して良かったー!と思いました。

そんなわけで、私は2度目の入門は目指して入門したわけではありません。むしろ、2度の入門を受けてからさえも、まだグルを疑ったんです。(今は、違います。教典から、グルは本物のグルだと判明しました)
そういう苦痛をどうやって超えたのか、というと、ひたすら自分が出来ることしかしませんでした。お寺の掃除、洗濯。ハリナマアナンダマタジがラージボガを作っているから、私はアーラティを行おう、と毎週欠かさずやれることをやっていました。支えてくれたのは、アミヤダーラマタジ、ヴァンチャチッタプラブ、そして今では血を分けた姉妹より絆を与えてもらったチャイタンニャマンガラ姉です。

結論を言うと、2度の入門を受けることがゴールではありません。むしろ、スタートです。
今、私は精神的向上を求めてイスコンにいます。

2度の入門の後、すぐに仕事を失うような出来事があったり、現在の仕事は、前職と同じ国がらみの仕事です。「ドンキホーテ」のレジ打ちバイトさんの2倍のありがたい時給をもらってますが、1日中無言で仕事をしているので苦痛だったりもします。
多分、イスコンにいるディボーティは、全員同じ思いではないでしょうか。「継続は力なり」これしかない、これしかない、これしかない。これからもグルとプラブパーダについていこうと思います。