クリシュナ意識を続けて30年になりました

アミヤダーラデーヴィダーシー

私のグル ヴァイセシカプラブ

 

最も尊敬するシュリーラプラブパーダ

シクシャグル バヌマハラージ
私がクリシュナ意識に出会ったのは30年前の事です。まだ私は20代で子供は生後8ヶ月でした。
寝屋川のバクティヨガセンターという所に主人と一緒に整体治療を受けに行き、そこの先生である松田さんからハイヤーテーストという本をもらって夫婦で読み、読んだ翌日から菜食になり、祭壇を家に作り、松田さんから頂いたビーズでチャンティングを始めました。
あっという間に今までと全く違う人生が始まった訳です。
そしてすぐに東京寺院との交流も始まり、1年も経たないうちに家族でアメリカに行き、プラブパーダの弟子であるサチャデーヴァプラブ、マハグナマタジ、シュリチャラナムプラブ、カダンバマタジに会ってきました。
そして、日本在住のプラブパーダの弟子であり、当時伊豆に住んでおられたナガナターナプラブにも程なく会いに行きました。
今、考えてみるとなぜそんなにすんなりとクリシュナ意識に夫婦揃って何の疑いもなく入って行けたのか、そして色々な困難があったにも関わらず続けて来れたのか、不思議に思いますが、全てはクリシュナの慈悲であり、いつもクリシュナが守り助けて下さっている事を感じられたので信念が揺らぐことがなかったんだと思います。
色々な方からよく、何でそんなに長くクリシュナ意識を続けられるの?何が面白いの?クリシュナ意識をやってみたけど何1つ良いことなんてなかったよ、というような声を時々聞きます。
クリシュナ意識が楽しいのか?はい、とても楽しいです。楽しいからやっていますし、楽しいから辞めません。
クリシュナ意識をやっていて、とても意地悪で妬み深くて嫌な人にも出会いましたが、それも反面教師として学ぶことも多くありましたし、人生のスパイスであり、修行の1つだったな、と思えます。
菜食になり、ヴェーダを学び、色々な奉仕をし、献身者との交際を続けていくうちに、何が本当に正しいのか、この人生で何をすべきなのか、どこに向かうべきなのか、、、そういう人生で最も大切な部分が少しづつ明らかになっていったように思います。
何事も、簡単に、いい加減に、適当に、勝手気ままにやっていたって何も大切な物は手に入りません。たいてい中途半端にやっている人がクリシュナ意識をやったって何も良いことがない、と言うんです。
クリシュナ意識にしろ何にしろ真剣にやらなければなりません。
真剣で誠実で忍耐強く続けていたなら必ず成功します。
クリシュナはその人のやっていることを全てお見通しですから。
 
クリシュナ意識を続けて30年があっという間に過ぎ、人生も残り少なくなって来ましたので、最近はなるべく無駄な活動や交際を避けて、出来る限り奉仕の時間を作りたいと思うようになりました。
人生は長いようであっという間に終わってしまいます。
無駄な時間を過ごすと死ぬときに大変な後悔が待っていることは分かりきった事です。
 
イスコン大阪では、お寺もありませんが温かくて優しい素敵な仲間が沢山いていつも和気あいあいと楽しく協力し合って交際し、色々なイベントも開いています。
この素晴らしい仲間と過ごすことが出来るのも全てイスコンがあればこそ、クリシュナが中心にいてこそだと思います。
 
私にできる奉仕など大したことはありませんが、いつも自分に出来ることを、最大限の努力の中でこなしていこうと思います。
1人1人の小さな努力の積み重ねが大きな成功につながっていくと信じます。
 
春にグルが来日された時、大阪城の絵葉書を差し上げたら、『これは大阪城か?』、と聞かれたので、『いいえ、イスコン大阪テンプルですよ。』、と答えると大爆笑されました。
『いつか大阪城より素敵なイスコン大阪テンプルが出来るさ!!』、と密かに野望を抱いております。
多くの素晴らしい仲間がもっともっと増えて、お寺が出来て、イスコン大阪がますます栄えて行きますように。
ハレークリシュナ!!