聖地マヤプールでの私の奉仕:洪水中の神像崇拝

ケシャビデービーダーシー 記

 ガンジス川は神の愛の溶けた姿だと言われています。主チャイタンヤ神は「私は世界中を主の聖なる御名で洪水させたい」と言われました。更にチャイタンヤチャリタムリタの解説でプラブパーダは「時々聖地マヤプールには洪水が起こるが、これは主の望みによって世界中に神への愛という洪水がマヤプールから広まることを示唆している」と書いていられます。そのおかげでマヤプールには時々洪水があるわけですが、洪水中マヤプールの人は神の愛に浸かいながらどのように過ごしているのかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。それで簡単な洪水日記をもとに、私の洪水中の奉仕について紹介します。

 この写真はパンチャタットバの寺院内の様子です。もう10センチでガンジスの水が祭壇の中に入るところでした。ガンジスが主の蓮華の御足に振れようとして日増しに水量が上がってきました。ガンジスの望みをかなえるために、毎日プジャーリはガンジスの水で全ての神像を沐浴していました。プジャーリでない人達も神像の前に立って、手にガンジスの水を汲んで神像の前に水をかけていました。

2015年7月31日 

 今日は満月。満月には月の影響で水面が上がると言われています。毎回洪水は満月の日から始まるという過去の歴史から見ても、この頃ひどく雨が降り続いていることもあって、もうすぐ洪水になるかもしれないと皆が噂しています。夜にバガヴァドギーターのクラスにお寺に行った折、洪水に控えて必要な衣服などを少しお寺にある私の事務所に運びました。

8月1日 

 ガンジス川の上流でダムを開けたので今夜中にマヤプールの洪水が始まるとの正式な知らせが政府から放たれました。

8月2日 

 以前には一晩で1メートル以上の深さになったこともあったので、深くなりすぎたら移動もできないと夜中心配で良く眠れませんでした。早朝息子のバクタヴァサラを起こしてあたりが明るくなり次第、私は自分の神像をもって、バクタヴァサラはコンピューターを持ってお寺に向かいました。水量は自宅を出た時には膝くらいの深さでしたが、お寺の前についたときには腰までの深さになりました。

8月3日

 神像のために捧げる蜂蜜を取りに自宅へ帰る途中、イスコンの敷地外の道を通ると、激しい勢いでガンジス川がイスコン敷地内に溢れてくる急流に出会いました。この強い流に流されて前回の洪水の時、プラブパーダの孫娘であるゴウリさんが亡くなられました。その後「パンチャタットバの神像のために新しい祭壇を木材で作っている所へ行き、このほとんど完成された祭壇を水に浸からないように、現在建築中である大きなお寺の上階に上げて来なさい」とヘッドプジャーリに言われて、バクタバッサラと一緒に土砂降りの雨の中、腰までの水の中を歩いて工場まで行きました。この白い紙に描いてあるのが私のデザインですが、7メーターもあるこの巨大な祭壇をデザインどうりに彫刻してもらうのが格闘です。その上洪水中の木材の手入れまで私の責任とは思ってもみませんでした。

8月4日 

 どこかから大量な油が流れ出し、お寺中のきれいなガンジス川の水が油で真っ黒になって、お寺の壁も私たちの体中も真っ黒になってしまいました。正門の横にあるプラブパーダのバジャンクティルで崇拝されているゴウラ二タイの神像が、バジャンクティルの小屋が水びたしになる前に、お寺のパンチャタットバの祭壇に移されることになったのですが、不幸にも二チャーナンダの神像が事故にあって右腕を痛めてしまいました。ヘッドプジャーリがそのことをとても辛く思われ素早く治療されました。

8月5日 

 神像の衣装を作るのに複雑な刺繍をしてくれる献身者のプロの方々が15人ほどいるのですが、皆洪水になってから出勤不可能になってしまいました。こんなことではクリシュナの降誕祭ジャンマスタミとラーダラーニの降誕祭ラーダースタミの衣装が作れない!と焦って相談すると「何?衣装が間に合わない?お前は何をやっていたのだ!この失敗は全部お前の責任だ!」と厳しく言われてしまい、全世界が暗闇に見えました。

8月6日 

 やっとプジャーリ部門のマネージメントの許可を得て、神像の衣装を作っている献身者に朝食昼食付という条件でお寺の衣装ルームに住み込みで働いてもらえることになりました。これから朝6時から夜8時まで衣装作りのマラソンです。締め切りまでに間に合うように数か所デザインを変更しなければならなく、完璧主義者である私には辛いところでしたが、未完成の衣装を捧げるよりは良いと自分に言い聞かせています

8月8日

 洪水が始まる前は毎日激しい雨が降っていたのに、マヤプール中が水びたしになり次第に雨がやんで、今は毎日水泳に好適なとても良い天気が続いています。ガンジス川での沐浴は献身奉仕の9つの内ではパーダセーバナに属し,純粋な献身奉仕の一部です。主チャイタンヤ神もマヤプールにいた時は毎日ガンジス川で沐浴されました。子供の時はずいぶん色々ないたずらをして遊んでいらしゃいました。シュリーラプラブパーダも「ガンジス川で泳いだり遊んだりするのはヴァイシュナヴァのスポーツとして良い」と言われたそうです。

8月9日 

 私の主人のお兄さんが数日前にバングラディシュで亡くなられ、セレモニーを行うために家族全員とヘッドプジャーリとでガンガープージャに行きました。

8月10日 

 小さい方のラーダマーダヴァの神像専用に銀でできた祭壇を作ることになって、私が適当にペンで紙に描いた祭壇の絵を、バクタヴァッサラが上手にラーダ―マーダヴァの写真と一緒にフォトショップで加工してくれました。現代の子供はコンピュータに強くて親よりずっと質の高い奉仕ができるようになると明るい将来が期待できます。経典によると、ラーダ―クリシュナは宝石に満ち溢れた祭壇に立っていらっしゃるとのことなので、銀で本体を作りルビーやサフャイヤやダイヤモンドを散らばせようと思います。

8月10日
 洪水中毎日モンゴラアルティに参加して、その後ナシンハデ―ヴァの祭壇の前で神の愛に満ちたガンジスに浸かりながらジャパを唱えました。祭壇のドアを開けた時ナシンハデ―ヴァから愛に満ちた水がどーっと溢れだしてきます。大好きなナシンハデ―ヴァと大好きなガンジス川に囲まれて、今が一番幸せだと感じます。

8月11日
 私のデザインオフィスにおられる神像の沐浴をしました。この神像はお寺の祭壇にいるラーダ―マーダヴァと一緒に来た特別な神像で、マーダヴァの兄弟と呼んでいます。

8月12日

 洪水の水が引き始めました。イスコンの門の外にあるバクティシダーンタ道路がガンジス川とイスコンの敷地の分かれ目の堤防みたいになっていますが、敷地内にはまだ水があるのに道路はもうすっかり乾燥しています。ガンジス川はもう流れ込んでこないので、ひとまず洪水のピークは終わりです。これからは、洪水の後の掃除などで大変です。

 経典によると、聖地に浄化されるために来る人々が残していった罪の反動や不純さを洗い流すために、聖地への奉仕としてガンジス川は時折洪水としてやって来るとも言われています。それを思うと、神の愛に浸かって幸せだ、なんて呑気に勝手なことは言っていられません。私達には使命があります。それはこの神の愛の洪水を世界中に起こすことです。世界中のできるだけ多くの人々が本当の愛に浸って幸せになれるようにできる限りのことをさせていただきたいと思います。