我が名はセーヴァナンダ・ダース!

セーヴァナンダ・ダース 記

 私は去る8月末、師であるカヴィチャンドラマハラージより弟子として受け入れていただき入門を与えていただきました。ガウディヤヴァイシュナヴァサンプラダーヤの末席に加えられ、シュリークリシュナからチャイタンニャマハープラブ、そしてシュリーラプラブパーダに続く法脈の中に入ることとなりました。今更ながらにその重大な任務に身振るいする思いとともに、入門を与え私を救いの道に導こうとしてくださったカヴィチャンドラマハラージの慈悲に心からの感謝を捧げたく思います。

 

 私が直接ISKCONと関わる様になったのは、マハラージから本を頂いたことがきっかけです。もう7年ほど前のことでしょうか、JRの京橋駅の商店街で初めてお会いしたのです。夕飯を食べようと桜小橋の美味しい中華屋「上海酒楼」(今はもう無くなってしまいましたが)に向かっていた時の事です。黄色い看板でおなじみの焼肉店「松井」の前でサフランの衣を着たマハラージから本を手渡されました。大学では宗教関係の学部にいたのでこの老人がハーレクリシュナの人だと言うことは分かりました。ただこの方の只ならぬ雰囲気に正直驚きました。大阪にお住まいの方はご存知と思いますが、京橋と言う繁華街は大阪の中でも一番品下る感じの所で庶民的ではありますが余り雰囲気の良い所ではありません。ですがマハラージの立っておられる所だけ空気が違うのです。周りの雰囲気とあまりに違う、なんとなく神々しい凛とした雰囲気にこの方は一目で只ならぬ人だと分かりました。一言二言言葉を交わし、
「サツバルーパの所に行きなさい。」
と言われました。知識としてISKCONはきつい洗脳をするとかカルトだと言われている事は知っていました。ですがこの人が行けと言われるのであれば行って見ようと決心しました。そうして大阪センターに連絡しサタデーフィーストに通うようになりました。このとき決心して本当に良かったとずっと思っています。

 この頃の私は随分荒れていました。母は随分前に亡くなっていて、妹は嫁いで行き父はこの後直ぐに癌で亡くなってしまいました。大病をしてしばらく入院したのもこの頃です。病が孤独感を増幅させ、ぼんやりと死を思う日々が続きました。「世は無常」。仏教学をかじっていた人間ですから当然その事は分かっているはずですが、やはり現実に無常が現前に大きな影を落とすと参ってしまいます。おまけにリストラに巻き込まれ「もう勘弁して!」と叫びたい気持ちでいっぱいでした。生活の質は下がり、刹那的な快楽に身を任すようになりました。ですがそんな酒や女色で気を紛らす生活から抜け出させてくれたのは献身者との交際でした。

 サツバさん夫婦や番茶さん夫婦はそんな私を見捨てることなく、フィーストやギータークラスに顔を出すと喜んでくださいました。法話やクラスのときは眠くてずっと眠っていても受け入れてくださいました。どうしようもない私にも色々奉仕の機会を与えてくださいました。マハラージやニタイさんを初め色々な国の献身者が寂しい我が家に尋ねてきてくださり、閑居に花が咲いたようになりました。我が家で小さなフィーストを行うと入りきれないほどの献身者が来てくださったこともあります。ブリンダーヴァンやマヤプールに行った時、「我が家にカヴィチャンドラマハラージやバヌスワミがよく泊まりに来られる。」と言うと外国の献身者から驚かれたものです。私の奉仕の一つの形として献身者に宿泊先として自宅を提供するという事を始めたのもこの頃です。そうした奉仕を実践して行く中で自然とクリシュナ意識やグルに確信と信念の情が湧いて来るようになりました。

 そうした奉仕の中でもアナンダムルティマタジから引き継いだISKCON大阪のホームページが現在一番注力していることです。大阪は東京と違い現在寺院はありません。ですがこの無料スペースのホームページが寺院的な役割を果たすことが出来るよう、多くの献身者に力をお借りしながら内容を充実させていっています。このホームページを見ればクリシュナ意識とは何かが概ね分かり、ISKCON大阪がどのような活動をしているのか明確に理解できるような形にするのが理想形です。センターでの法話やギータークラスも網羅しているのでプリーチングの一助になれば時間をかけた甲斐があるというものです。

 入門を授かりマハラージは私にとっての新しい父となられました。サツバさん夫婦やニタイさんは兄姉、同じときに入門したユガラキショウリマタジは双子の姉となってくださいました。父母の死後埋めがたかった孤独が雪解けの如く消えていくように感じました。私はクリシュナのことは入門した今でも知識としては知っていても、実際はよく分かりません。ですが真剣に祈ればクリシュナは孤独をも取り去ってくださったのです。
「 されば 星のない夜よ 来るがよい
 主がわれらに星を与えられ
 主が取り去られても 取り去られても 取り去られても
 讃えよ 主の御名を 讃えよ 讃えよ 讃えよ 讃えよ」
これはシュトラウスのリート「女達の歌」の終結ですが、今ならこの歌詞の意味を深く味わえることが出来ます。取り去るのも与えるのもクリシュナ。我々は結果に執着せず、ただ主の御名を讃え続ける。

 私はマハラージから「セーヴァナンダ・ダース」と言う名前を授けられました。普通本名のイニシャルに因んだ名前を与えられることが多いのですが、私はまったく違いました。セーヴァ=奉仕、アナンダ=喜び、ダース=仕え人。「奉仕の喜びの仕え人」。マハラージが私に何を求めておられるのか、なぜこの名を与えられたのかよく分かりました。たとえクリシュナには直接仕えることは出来なくとも、グルと献身者とこれから献身者になる人たちに奉仕すること。ただこれだけを考えて実行して行こう思っています。

 グルを喜ばせるための奉仕。目的も無く投げやりに生きてきた私が、ちょっとした決心から人生の目的を理解することが出来ました。カヴィチャンドラマハラージと兄弟姉妹には心からの尊敬の礼と感謝を捧げます。そしてシュリーラプラブパーダに全ての栄光を。どうか皆様、今後とも宜しくご指導ください。

 我が名はセーヴァナンダ・ダース。奉仕を喜ぶ仕え人。