プラブパーダの思い出とISKCONJapanの歴史2

マハグナデーヴィーダーシー記

 さて、プラブパーダが渋谷の大橋テンプルにいらした時はちょうどジャンマシュトミ祭(クリシュナの降誕祭)で、次の日はヴィヤサプージャのお祭り(シュリーラ・プラブパーダの誕生日)でした。どちらもイスコンにとっては最も大切な行事です。今でこそ崇拝の方法はとても高度になっていますが、その頃の献愛者はどうやって自分の師をあがめたらいいのかも知りませんでした。
 ヴィヤサプジャの日、ヴィヤササン(偉い人の座る場所)にお座りになっていたプラブパーダが、テンプル長のスダマにむかって「プシュパ、プシュパ」とおっしゃいました。スダマは、プシュパナ・ライス(お祭りの時に作る特別なライス料理)のことかと思いすぐにキッチンへ行ってライスを作る準備をしました。するとプラブパーダは、「そうではない花だ花。師を敬うときには花を捧げるんだよ」とおっしゃいました。そして「明日またヴィヤサプージャをやり直しなさい」とおっしゃったのです。

 プラブパーダは本当になにも知らない私たちに手取り足取りしていろいろなことを教えてくださいました。そして無知な私たちを辛抱強く見守ってくださいました。

 次の日にまた今度は適切なヴィヤサプージャを行い、その後みんなでプラサーダムを食べて楽しみました。その時ひとりの献愛者がプラブパーダが廊下からそっとその様子をうかがって涙を浮かべていたのを目撃しました。

 chatur-vidha-sri-bhagavat-prasada-
 swadv-anna-triptan hari-bhakta-sanghan
 kritwaiva triptim bhajatah sadaiva
 vande guroh sri-charanaravindam


 The spiritual master is always offering Krsna four kinds of delicious food
[analyzed as that which is licked, chewed, drunk, and sucked]. When the
spiritual master sees that the devotees are satisfied by eating bhagavat-
prasada, he is satisfied. I offer my respectful obeisances unto the lotus feet
of such a spiritual master.


 「 精神指導者はいつもクリシュナに4種類の美味なる食べ物を捧げている。(なめる、かむ、 飲む、すする、ことのできる物)献愛者達がヴァがバッド・プラサーダムを食べて満足するのを見て、精神指導者もまた満足する。 そのような精神指導者の蓮華の御足に私は尊敬の礼を捧げます。」


 このように精神指導者は、弟子たちが、クリシュナに捧げた食べ物を食べるのを見てとても喜んでくださるのです。自分の師をどう敬ったらいいかも分からない者たちが、こうしてクリシュナからの慈悲をいただいていると思うと感慨無量だったと思います。

 その後、明治神宮で朝の散歩をしたとき、 マシューとブルース(のちのサッチャデーヴァとバヌー・スワミ)に一緒にインドに行かないかといいました。この時バヌー・スワミは躊躇することなくインド行きを決めたのです。一方サッチャデーバはまだまだ物質的な束縛がありすぐには返事ができませんでした。

 1~2週間後、プラブパーダは、 インドに帰られるのですが、大日本から再度リムジンが手配され、みんなで羽田に見送りにいきました。大日本印刷が手配したVIPラウンジでみんなが座っているときに、シュリーラ・プラブパーダはサッチャデーヴァに隣に座るよう手招きしました。 彼が座ると、プラブパーダは「あなたがクリシュナ意識運動に参加することをご両親はどう思われているか?」とたずねられました。サッチャデーバは「入ったばかりなので両親はまだそのことを知りません。」と答えました。
 そして、「ハレークリシュナ を唱えるのは好きか?」と聞かれました。彼が好きだと答えると、プラブパーダは

「ハレークリシュナ、ハレークリシュナ、

クリシュナ クリシュナ ハレー ハレー、

ハレーラーマ、ハレーラーマ、

ラーマ ラーマ ハレー ハレー

を唱えればいつも幸せでいることができるんだよ。」とおっしゃいました。


 その言葉は、この40年間ずっとサッチャデーバの心の支えとなってきたのです。