50歳を前にして

バクタヴァツァラダース 記

キルタンを撮影する筆者
キルタンを撮影する筆者
「人間の命と、人格とを尊重して、すべての人がたすけあって生きられる世界、私はそれを望むのだ。この望みは子供らしいかも知れない、その点私は子供だ。母の乳をもとめる赤坊のように私は世界の平和と、人々の生活の安定を望むのだ。」  
 ─ 武者小路 実篤 ─  (『第五十回の誕生日の朝の感想』)
夫人と筆者
夫人と筆者

 だれもが、平和と、生活の安定を望んでることでしょう。そしてそのためにたくさんの努力を重ねてます。

 生活の安定? 困った事に僕らは資本経済社会の中に住んでいて、みんなで好きなものを生産して売って買ってお互いハッピーエンドというわけには行きません。もしそう信じてる人がいるなら、どうかその「思い込み」を捨ててほしい。

 きっと大昔「サッチャ・ユガ」と呼ばれる金の時代なら、人々の志も高く、誰もが徳の質をもって、お互いに全く疑いのない信頼関係が築ける社会なら、生活の安定は、向こうからやってくることでしょう。ところが現代社会は、すでに「カリ・ユガ」と呼ばれる偽善と闘争の社会として、神様が「セッティング」してます。

 1時間、7ドルのお金を得るために、理不尽なマネージャーの下で黙々働く、パートタイムを2年以上過ごしてようやく正規社員になったと思ったら、その仕事は「犬の糞そうじ」。そうかと思えば、ある人は親の七光りで、プライベート飛行機で一瞬にして○百万円を出費、でも痛くも痒くもない。今月のローンをどうやって捻出しようかと頭を抱えている人の隣りでは、200万円以上の借金があるのに割高な無農薬冷凍食品を電子レンジで温めてる。110ドルもするナイキシューズを子供からねだれられている親は20ドルのウォールマートで売ってる最低の靴を履いてる。 犬はとてもかわいがるけど、牛を見れば「ステーキ」としか思えない人が、やさしさを人に説き、猫のスマイルには微笑みを返せる人が子豚のスマイルに「刃」を向ける。8千万円を持ってる人の一万円の寄付と100万円持ってる人の一万円のお布施の違いがわからないお坊さん、タバコを吸いながら生徒には「タバコはいかん」と疑念なく説く先生。

  神様なしで、世界平和と生活の安定を望むことは、残念ながら無理です。一部の人は、その人の前世の良いカルマでこの一生を不安なく過ごせるかもしれません。でも来世の良い道は全く保障なし。

 ヴェーダではさまざまな経典でこの時代に生きる知恵を伝えてます。信じない人は死後「信じるを得ない状況に置かれます」信じる人は救われます。

  先日、インドのナレンドラ・モディ首相が、天皇陛下に「バガヴァッド・ギーター」を進呈してましたが、読む読まないは、本人次第。ギーターの叡智を学んで日本国民に広めてほしいなあと思います。

バクタヴァツァラダース

1990年1月ISKCON東京寺院に入る。1992年3月インドの聖地マヤプールにてカヴィチャンドラスワミから一度目の入門を授かる。1994年8月東京寺院にて二度目の入門式。

米国ノースカロライナ州在住。北米各地のロングタイムキルタンを撮影しYouTubeにて公開している。