ゴーヴァルダンの丘の崇拝

クリシュナブックより

 ヴェーダ儀式にあまりにも関心を持ちすぎていたブラーフマナから食べ物をお受け入れになった後で、クリシュナとバララーマは、雨を司る天界の王インドラをなだめるための供犠祭を牛飼い達が準備しているのをご覧になりました。『チャイタンニャチャリタームリタ』に述べられているように、ただ単にクリシュナ意識を行えば、その他の義務を行う必要は全くありません。クリシュナの献身者はそのことに固い信念を持っています。主クリシュナの純粋な献身者は、ヴェーダに記述されているいかなる儀式も行う必要はありません。また、純粋な献身者はどのような神々も崇拝する必要はありません。主クリシュナの献身者であるということは、その人がすでにすべてのヴェーダ儀式を行い、あらゆる神々を崇拝したということなのです。ただヴェーダ儀式を行い神々を崇拝するだけではクリシュナへの献身奉仕に至ることはできません。しかし主への献身奉仕を行う人は、すでに全てのヴェーダの教えを終了しているのです。


 主の献身者は、ただ献身奉仕を行うだけで十分です。他に何もする必要がありません。主の献身者は崇拝や儀式を行う必要がないという事実を確立することを、主はヴリンダーヴァンにいらっしゃったときにお望みになりました。クリシュナは全能のバガヴァーンでいらっしゃいます。ですから主は牛飼いたちがインドラのための供犠の準備をしているということを知っていらっしゃいました。しかし、礼儀にしたがって主はナンダ・マハラージのような年上の人に尊敬の念を持って謙虚にお尋ねになりました。

「お父さん、何をしていらっしゃるのですか?何か大きな供犠祭でもあるのですか。その供犠をするとどんないいことがあるんですか。誰のための供犠ですか。そのようにして供犠を行うのですか。教えて下さい。僕はこの供犠の手順を知りたいんです。何のための供犠なのか、どうか教えて下さい。」
 

 主がこのようにお尋ねになってもナンダ・マハラージはそれに答えませんでした。難しいヤジュニャのことを幼な児に話しても分からないとナンダ・マハラージは考えていました。しかし、クリシュナは言い張られました。


「お父さん、広い心と神聖な性格を持っている人は隠し事をしません。誰に対しても平等に振舞うそのような人には、敵も味方もありません。心が広くない人でさえも、敵には隠し事をしたとしても、家族や友達には隠し事をしてはいけません。だから、僕に隠し事をしないでください。誰もが果報的な活動をしています。そのような果報的な活動をよく知って行う人もいますし、何のためにやるのか何が得られるのか分からずに行う人もいます。完全に知って行う人は完全な結果を得ることができます。知らずに行う人はそのような完全な結果を得ることができません。ですから、お父さんがなさる供犠は何のためのものなのか、どうか教えてください。その供犠はヴェーダの教えに従ったものなんですか。それとも、習慣として人々がただ行っているだけなんですか。どうか詳しく教えてください。」


 クリシュナがそのように質問されると、ナンダ・マハラージは答えました。
「クリシュナよ、この儀式は大なり小なり伝統的なものなんだよ。雨が降るのはインドラ王の慈悲で、雲はインドラ王の使いなんだ。我々が生きていく上で、水はとても大切だ。だから我々は雨を司るマハーラージ・インドラに感謝を示さなくてはならないんだ。畑仕事がうまくいくのはインドラ王が雲を送って雨を十分降らせて下さるからだ。だからお父さんたちはインドラ王をなだめるために、供犠を準備しているんだよ。水はとても大切なものなんだよ。雨が降らなかったら、畑仕事もうまくできないし、米も作れない。雨が降らなければ、我々は生きていられないんだ。宗教儀式を行って、お金を作って、そして解放を得るためには、雨がとても大切なんだよ。だから我々は伝統的な儀式をやめてはならないんだ。欲望や貪欲さや恐れのためにやめたとしたら、良くないことなんだよ。」


 父の言葉を聞いて、バガヴァーン・クリシュナは天界の王インドラの逆鱗にわざと触れるかのようにお話になりました。主は供犠を取り止めにするようにおっしゃったのです。その理由は2つでした。まず第一に、『バガヴァッド・ギーター』に述べられているように、物質的発展のために神々を崇拝する必要は全くありません。神々を崇拝して得られる結果は全て一時的なものであり、知性の乏しい人々だけがそのような一時的な結果に関心を持つのです。第二に、人がいかなる一時的な結果を神々の崇拝から得たとしても、それは実際にはバガヴァーンの許可によって与えられたものなのです。『バガヴァッド・ギーター』に、「マヤイヴァ・ヴィヒターン・ヒ・ターン」と明確に述べられています。恩恵は神々によって与えられるものとされていますが、実はバガヴァーンによって授けられているのです。バガヴァーンの許可がなければ、誰も他の者に恩恵を与えることはできません。しかし、時には神々が物質自然の影響によって傲慢になり、自分たちが全てであると考えてバガヴァーンの優位性を忘れようとすることがあります。ここでクリシュナがインドラを怒らせようとしていらっしゃることが、『シュリーマド・バーガヴァタム』に明確に記述されています。クリシュナがお現れになったのは、特に悪魔を滅ぼし献身者を保護するためです。インドラ王は確かに献身者であり、悪魔ではありません。しかし思い上がっていたインドラにクリシュナが教訓を与えようとされたのでした。まずヴリンダーヴァンの牛飼いたちが準備していたインドラ・プージャを中止させて、主はインドラを怒らせようとされました。


 このように考えて、クリシュナはカルマ・ニーマーンサー哲学を支持する無神論者のように話されました。この種の哲学を支持する者たちはバガヴァーンの優位性を受け入れません。良い活動をする人には良い結果が訪れるという議論をカルマ・ニーマンサー哲学を信奉する者たちは主張します。例えば果報的結果を与える神が存在するとしても、人が働かなければその神は結果を与えることはできないので、その神を崇拝する必要はないというのが彼らの見解です。神々や至上主の崇拝によってではなく、自分の義務に注意を払うことによって良い結果が確実に得られる、と彼らは言います。主クリシュナはカルマ・ニーマーンサー哲学の原則に基づいて父にお話になりました。


「お父さん、豊作のために神々を崇拝する必要はありませんよ。どんな生き物も自分の過去のカルマに従って生まれてきて、自分の作ったカルマと一緒に死んで行くんです。誰もが自分の過去のカルマに従っていろんな生き物になります。今の一生でどんな生き方をしたかによって、来世で何になるかが決まるんです。いろんな物質的な幸せや苦しみがあります。生きていくには愉快なことも嫌なこともあります。これらは、今世や前世で何をしてきたかによって、いろんな結果となって返ってきたものなんです。」


 主宰神を満足させなければ、ただ単に物質的な活動だけで良い結果を得ることはできない、とナンダ・マハラージや年上の人々は議論しました。これは実際に事実です。たとえば、第一級の医者による第一級の治療を受けたにもかかわらず患者が命を落とすこともあります。ですから、第一級の治療や第一級の医師の努力が患者の治癒の唯一の原因ではありません。バガヴァーンの手がそこに働いているのです。同様に、両親が子供の世話をしても子供がうまく育つとは限りません。両親が世話をしているにもかかわらず、子供が病気になったり、死んだりすることもあります。ですから物質的な原因だけが結果を起こすのではありません。バガヴァーンの許可がなければなりません。ですからナンダ・マハラージは、豊作を得るためには雨を司る神であるインドラを喜ばせることが必要だと主張しました。しかし、神々は規定された義務を行う人にだけ結果を与えることができて、規定された義務を行わなかった人に神々が結果を与えることができず、そのように神々は人が義務を行ったかどうかに依存しているのであり、すべての人々に神々が良い結果を与えることはできない、と主張して主クリシュナはナンダ・マハラージの議論を打ち破られました。


 主クリシュナはおっしゃいました。「お父さん、インドラ神を崇拝する必要はありません。誰もがただ自分の活動の結果を得るのです。実際に僕たちが目にすることができるように、神々であっても人間であっても、すべての生き物は自分のもともとの性質に従って忙しく活動しています。そして、その持って生まれた性質によって、すべての生命体はそれぞれの結果を得るんです。すべての生命体は様々な活動の結果によって、より高い体やより低い体に生まれ、敵や味方や中立的な仲間などを作ります。人は自分の生まれつきの性質に従って義務を行うべきです。様々な神々の崇拝などに気をそらせてはなりません。僕たちが全ての義務を行えば神々は満足するでしょう。ですから神々を崇拝する必要などないんです。それよりも、僕たちに対して定められた義務をうまく行いましょう。自分に定められた義務を正しく行わない限り、幸福になることはできません。ですから、義務を正しく行わない人はちょうど貞操でない女性に例えられます。ブラーフマナの正しい義務はヴェーダの研究です。王族であるクシャトリヤの義務は臣民を保護することです。ヴァイシャ共同体の正しい義務は農業、交換、牛の保護、金融です。そしてシュードラの正しい義務はより高い階級つまりブラーフマナ、クシャトリヤ、ヴァイシャに仕えることです。僕たちはヴァイシャ共同体に属するので、僕たちの正しい義務は農作業や、農作物での物々交換や、牛の保護や金融などの仕事をすることです。」


 クリシュナは自らをヴァイシャ共同体の一員とされました。ナンダ・マハラージが多くの牛を保護していて、クリシュナも牛の世話をしていらっしゃったからです。クリシュナはヴァイシャ共同体の四つの職業的義務である農耕、交換、牛の保護と金融について説明されました。ヴァイシャはこの四つのいずれを行っても良いのですが、ヴリンダーヴァンの人々は牛の保護を行っていました。


 クリシュナはナンダ・マハラージにさらに説明されました。
「この全宇宙は徳、激情、無知の物質自然の三様式の影響のもとに動いています。これらの三様式が創造、維持、破壊の原因となっています。雲は激情の様式の活動によって作られます。ですから激情の様式が雨を降らせるのです。そして雨の後、生き物はその結果を得ることができます。つまりその年は豊作になるのです。だとしたら、インドラが雨とどう関係しているんでしょう。もしお父さんがインドラを喜ばせなかったとしても、インドラに何ができるんでしょう。僕たちはインドラに特別の恩恵をもらっているのではありません。インドラは水の必要のない海の上にも雨を降らせます。僕たちが崇拝してもしなくても、インドラは海にも陸にも雨を降らせるんです。僕たちは他の町や村には行きません。よその国にも行きません。町には宮殿のような立派な建物があったとしても、僕たちはヴリンダーヴァンの森で暮らすことに満足しています。僕たちが特に関心をもっているのは、ゴーヴァルダンの丘とヴリンダーヴァンの森です。僕たちにはその他には何もないじゃありませんか。だからお父さん、地元のブラーフマナとゴーヴァルダンの丘を喜ばせる供犠をしましょう。そしてインドラのことは忘れてしまいましょう。」


 このクリシュナの言葉を聞いて、ナンダ・マハラージは答えました。
「愛しい我が子クリシュナよ。お前の頼みだ、地元のブラーフマナとゴーヴァルダンの丘のための供犠は日を改めて行うことにしよう。でも今日はこのインドラ・ヤジュニャをやろうじゃないか。」


 しかしクリシュナはお答えになりました。
「お父さん、善は急げですよ。別の日にゴーヴァルダンの丘とブラーフマナの供犠をするんなら、すごく時間がかかります。お父さんがインドラ・ヤジュニャのために用意した捧げ物や祭具を使って、さっそくゴーヴァルダンの丘とブラーフマナを満足させる儀式を始めましょう。」


 ナンダ・マハラージはついに自分の主張を折りました。牛飼いたちがそのヤジュニャをどのように行えばいいのかクリシュナに尋ねると、主はお答えになりました。

「インドラのヤジュニャのために集めてきた穀物やギーでできるだけたくさんの食べ物を作るんだよ。ご飯を炊いて、ダル、ハラヴァ、パコーラ、プリの他にスィートライスやラブリーやスィートボールやサンデーシュやラスグラーのようなミルクスィートやラドゥを作れるだけ作って。そしてヴェーダの讃歌を唱えることや祭火に捧げ物をすることができる学識のあるブラーフマナを招待するんだよ。次にブラーフマナにありとあらゆる穀物を施すんだ。そして牛を着飾らせて、十分に食べ物をあげるんだ。これが終わったらブラーフマナにお金を施すんだよ。犬などの低い動物や、また不可触賤民とされる第五階級のチャンダーラのような身分の低い人々にも、たくさんプラサーダムを食べさせてあげてね。いい草を牛に食べさせたら、次はゴーヴァルダン・プージャの儀式をゴーヴァルダンの丘に捧げてね。このようにしてくれると、僕はとてもうれしいよ。」


 この言葉の中で、主クリシュナはヴァイシャ共同体の全経済について話されました。人間社会の中の全共同体や牛や犬や山羊その他の動物の社会の中では、誰もが果たすべき義務を持っています。社会の中には生き物ばかりではなく丘や土地などの無生物も含まれます。そして、社会全体のために社会の構成員は協力しあわなければなりません。穀物生産、牛の保護、必要時の食料の分配、金融業に携わるヴァイシャ共同体は経済発展に関して大きな責任を担っています。


 現代では犬や猫が非常に大切な動物とされるようになりました。もちろんそのような動物を無視してはいけませんが、牛の保護は犬や猫の保護よりも重要であることをクリシュナの言葉から私達は理解しなければなりません。また、高い階級の人々が不可触選民のチャンダーラを無視してはならないことも私達は学ぶべきです。だれもが重要な存在です。しかし、人間社会の発展のために直接的に重要な人もいますし、間接的にしか重要でない人もいます。しかしクリシュナ意識が存在する時は、全ての人々に総合的な益がもたらされるのです。


 このゴーヴァルダン・プージャという供犠はクリシュナ意識運動の中でも行われています。クリシュナが崇拝すべきお方なので、主の土地ヴリンダーヴァンやゴーヴァルダンの丘も崇拝に値すると、主チャイタンニャはおっしゃいました。この主チャイタンニャの言葉を裏付けるように、主クリシュナもゴーヴァルダンの丘の崇拝は主自身の崇拝と同様であるとおっしゃいました。

 その日が最初のゴーヴァルダンプージャの日となりました。ゴーヴァルダン・プージャはアンナクータとも呼ばれています。ヴリンダーヴァンの内外に関わらず、多くの寺院ではアンナクータの供犠が祝われます。膨大な量の食べ物が料理され、その食べ物が一般の人々に広く供されます。食べ物が投げ渡されることもありますが、人々は地面に落ちた食べ物も喜んで拾います。クリシュナに捧げられたプラサーダムは地面に落ちても穢れないという事を、私達はこの例から知ることができます。ですから人々は地面に落ちたプラサーダムを集めて、大いに満足して食べるのです。


 天界の惑星の至上支配者であるという地位にインドラは非常に思い上がっていました。ですから、バガヴァーン・クリシュナはインドラを懲らしめるために、牛飼いたちのインドラ・プージャを止めさせてゴーヴァルダン・プージャをお始めになりました。ナンダ・マハラージを始めとする誠実で素朴な牛飼いたちはクリシュナの提案を受け入れ、主の言葉に忠実に従って供犠を行いました。ゴーヴァルダンの崇拝が始められ、彼らはゴーヴァルダンの丘の周りを回りました。(この最初に行われたゴーヴァルダン・プージャに従って、ヴリンダーヴァンの人々は現在でも綺麗に着飾ってゴーヴァルダンの丘の近くに集まり、ゴーヴァルダンの丘に崇拝を捧げ、そして牛を連れてゴーヴァルダンの丘の周りを回ります。)主クリシュナの教えに従って、ナンダ・マハラージや牛飼いたちは学識のあるブラーフマナを呼び、ヴェーダ讃歌を唱え、プラサーダムを捧げて、ゴーヴァルダンの丘を崇拝しました。集まったヴリンダーヴァンの人々は、牛を飾り、牛に草を食べさせました。牛を先頭にして、人々はゴーヴァルダンの丘を回り始めました。豪華に着飾ったゴーピー達は雄牛の引く車に乗って、クリシュナの遊戯の栄光を唱えていました。ゴーヴァルダン・プージャの祭司としてそこに招かれたブラーフマナ達は、牛飼いやその妻であるゴーピー達に祝福を与えました。全てが完全に行われた時、クリシュナは巨大な超越的姿をお現しになり、主自身がゴーヴァルダンの丘であることをヴリンダーヴァンの人々に宣言されました。主自身がゴーヴァルダンの丘であることを献身者たちに示すために、そのように宣言されたのでした。それからクリシュナはそこにあった全ての捧げ物をお食べになりました。今でもゴーヴァルダンの丘はクリシュナと同じように称えられています。そして寺院の中のクリシュナの神像を崇拝するのと全く同じように、偉大な献身者はゴーヴァルダンの丘の石を崇拝しています。献身者はゴーヴァルダンの丘の小さな岩や小石を集めて、家でそれを崇拝します。その崇拝が神像崇拝と全く変わらないからです。捧げ物を食べているクリシュナの巨大な姿は、クリシュナ自身の姿とは別に現れ続けていました。そしてクリシュナ自身はヴリンダーヴァンの人々とともに、クリシュナの巨大な姿とゴーヴァルダンの丘に尊敬の礼を捧げながら、主は宣言されました。
「さあ、見てごらん。ゴーヴァルダンの丘がこの大きな姿となって、僕達に恵みを授けて下さってる。捧げ物を慈悲深くも全部受け入れて下さったんだよ。」
そして集まった人々にクリシュナはおっしゃいました。


「僕自身が手筈を整えたゴーヴァルダン・プージャの崇拝を怠る人は、幸せになれないからね。ゴーヴァルダンの丘には沢山の蛇がいて、ゴーヴァルダン・プージャの義務を怠る人はかまれて死ぬよ。牛と自分の幸せを確かなものにしたいんなら、ゴーヴァルダンの近くに住むヴリンダーヴァンの人々は、僕が決めたゴーヴァルダンの丘の崇拝をしなければならないよ。」


 このようにヴリンダーヴァンの人々はゴーヴァルダンの供犠を行って、ヴァスデーヴァの息子クリシュナの教えに従いました。そしてその後、人々はそれぞれの家へと帰って行きました。