クリシュナとは

サツバルーパ・ダース 記

クリシュナ

クリシュ(存在の)、ナ(源)。クリシュナとはすべての存在の源。私達は神の名をクリシュナと呼びます。


 「ヴェーダ」の教えはあらゆる知識の根源です。私達のような縛られた魂の持っている知識には4種類の欠点があります。
①人間は必ず間違える。
②幻惑される。「実際にそうでない事をそうであるように思ってしまう」ということを意味します。
③騙す癖がある。
④人間の感覚は不完全。


ちまたで「私は神の生まれ変わりです」と言われる方がおられますが、4つの欠点を持つ私達人間は決して神にはなれない、その事を知るべきです。だから「ヴェーダ」を受け入れるべきです。


 魅力的な方とはどんな人でしょうか?非常に裕福な人、非常に力のある人、たいへん有名な人、非常に美しい人、賢明な人、すべてに無執着な人はそれぞれ魅力的です。


クリシュナの別名をバガヴァーンとも呼びます。バガとは特に①富、②力、③名声、④美、⑤知識、⑥無執着の財宝を指しています。ヴァーンとは「持っている」を意味します。


この6つの宝すべてを兼ね備え、無限にそして同時に所有している人、彼こそシュリークリシュナバガヴァーン「最高人格主神」です。


クリシュナは五千年前この地球に現れた歴史上の御方です。彼は百二十五年間この地球に留まり、まさに人間のように行動されましたが、クリシュナの行動は比類のないものです。


 例えばギリダーリとはゴーヴァルダンの丘を持ち上げたという意味です。小さな七歳の子供が左手の小指で軽々と七日間持ち上げた。クリシュナがこの地上に降誕された瞬間からこの地球をお去りになり瞬間まで、クリシュナの行動は、いずれにも世界の歴史に比類のないものです。

ゴヴァルダン

クリシュナを三つの様相で悟ることが出来ます。①ブラフマンというのは、主の姿かたちのない、輝くエネルギーを通した偏在的様相です。②パラマートマーつまり超霊魂は、主がい一個人として生命体の心臓にいる姿です。③そしてバガヴァーンは、「最高人格主神」として主が明白に一個人として存在している姿です。


このように、いろいろな悟りの段階があります。たとえば「太陽」を知るにも様々な段階があります。空いっぱいに広がった太陽の姿のない光として知覚できます。でもその光も太陽そのものと比べると重要性は低くなります。光がくるのは太陽そのものだからです。


だれでも「太陽の光は太陽球体ほど重要ではない」という事が分かるはずです。そして太陽に近づき、太陽の中に入ったら太陽神がいる事を分かります。その事は「バガヴァッド・ギーター」を読めば分かります。(BG第4章第1節「私はこの科学を、最初に太陽神のヴィヴァスヴァーンに授けた。」)

 

太陽の中に住む太陽神を「人格主神」として考えることが出来ます。太陽神が太陽にいるのです。
①バガヴァーンの悟りを太陽神の様相
②パラマートマの悟りを太陽球体の様相
③ブラフマンの悟りを太陽光線の様相
として知ることが出来ます。


ナーマ(名前)、ルーパ(姿)、グーナ(質)、リーラ(活動)、ラサ(味わい)、それらを含めて全部「バガヴァーンクリシュナ」です。普遍的な概念がクリシュナ意識です。「バガヴァーン」と同等の立場にある人はいません。また「バガヴァーン」より優れた地位にいる人も存在しません。一般に言われる「神は偉大なり」という言葉はこの事を意味しているのです。


 私達は神の一部分で海水の一滴。海全体と同じ性質を持つ。精神世界では使えるお方と仕える者しか存在しない。ダルマとは神の法則を守る、自分と神の関係を理解することです。


 神の子供である事を忘れ物質世界の中にいる。なぜ子供たちよ物質世界の中で堕落しているのだ。神はすべての人の父親です。子供たちよ私の元に戻ってきなさい。それが「バガヴァッド・ギーター」のメッセージです。


クリシュナに身をゆだねたら、クリシュナはすぐに心から迎えてくれます。離れていた子供が父親の家に帰り、言います。
 「お父さん。僕は誤解していたので、お父さんの保護を拒み、苦しみました。でもこうして戻ってきました。」
 父親は我が子を抱きしめながら言うでしょう。
 「よく戻ってきてくれた。戻って来てくれて本当に嬉しいよ。」
と。

放蕩息子の帰還

父親の心はとても優しいのです。私達もこのような状態にいます。クリシュナに身をゆだねれば私達は守られあらゆる苦しみから救われます。「バガヴァッド・ギーター」第18章第66節で断言しています。
sarva-dharman parityajya
サルヴァ ダハルマーン パリテヤジャ
mam ekam saranam vraja
マーンム エーカンム シャラナンム ヴラジャ
ahanm tvam sarva-papebhyo
アハンム トゥヴァーンム サルヴァ パーペービヒョー
moksayisyami ma sucah
モークシャイッシャーミ マー シュチャハ
「すべての宗教を捨て、ひたすらに私に身をゆだねよ。そうすれば罪のおこないすべての反動からあなたを救う。恐れてはならない。」


どんな状況にいる人も、クリシュナご自身やクリシュナの活動について聞くことに関心を持つべきです。なぜならクリシュナが至上絶対真理「バガヴァーン」でいらっしゃるからです。クリシュナはどこにでもいらっしゃいます。クリシュナはすべての生きとし生ける者のハートの中にいらっしゃいますし、また宇宙体という姿でも存在していらっしゃいます。


シュリークリシュナバガヴァーン「最高人格主神」はヴィシュヌタットヴァの根源。クリシュナは
aham sarvasya prabhavah
アハン サルヴァッシャ プラバヴァハ
「私がヴィシュヌの根源である」と言われました。


主クリシュナは創造界の根源である半神、つまりブラフマーは創造者・ヴィシュヌは維持者・マヘーシュヴァあるいはマハーデヴァつまり主シヴァは破壊者の根源であるという事です。ですから主ハリ、あるいはクリシュナ「最高人格主神」を喜ばせる事が出来るなら、半神たちを個別に満足させる必要はありません。クリシュナはすべてを含むお方なのですから。


 一つ例を挙げましょう。木の根に水をそそげば、自動的に幹・枝・葉・花すべてに水を行きわたらせる事が出来ます。胃に食べ物を入れれば、エネルギーは体のほかの部分にも送られます。眼・耳・鼻などに栄養を別々に与える必要はありません。胃に食べ物を送りさえすれば、エネルギーは体中に分配されます。
samsiddhir hari-tasanam
サム シッディル ハリ トーシャナム
 ただハリ「最高人格主神」を満足させるだけで、ほかのすべてを満足させることが出来ます。


 「マハーバーラタ」でこの点を述べた話があります。

ある時パーンダヴァ兄弟の敵ドゥリョーダナが「パーンダヴァ兄弟は森でまともな生活をしていないから、ドゥルヴァーサー・ムニを適切にもてなす事など出来ないはずだ。そうすれば、あの恐ろしい力で兄弟を罰するはずだ。」と思い聖者ドゥルヴァーサー・ムニを使って6万人の弟子を連れてパーンダヴァ兄弟の所に行かせる策略を立てました。


やがてドゥルヴァーサーと弟子たちは、パーンダヴァ兄弟が住む森に入って行きました。彼らはクシャトリアですからブラフマーナを正しく迎えなくてはなりません。しかしムニが来たとき、兄弟はもう食事をすませた後で客人に出す食べ物はなにも残っていませんでした。途方にくれた兄弟は、食べ物を用意するまで沐浴をしてくれるようにムニに頼みました。


クリシュナは自分の献身者を必ず守ると誓っています。そんなクリシュナですから、パーンダヴァたちが困っている時にやってきました。「どうしたんだ?」とクリシュナが聞きます。兄弟は事情を説明し、それを聞いたクリシュナはドゥロパディーに食事をすませたかどうか尋ねました。昔ドゥローパディーは、彼女が食事を済ませていなければ、どれほど多くの客人にでも食事をもてなす事が出来るという恩恵を授かっていました。しかしドゥローパディーはもう食べ終わっています。


クリシュナはそこで「台所に行って、少なくてもいいから食べ物を見つけなさい。」と言いました。ドゥローパディーは鍋の底にくっついていた少しの食べ物を見つけ、それをクリシュナのところに持っていきました。クリシュナがそれを食べると、ドゥルヴァーサー・ムニや弟子たちはたちまち満腹になりました。パーンダヴァ兄弟の食事を食べられなくなった事を恥ずかしく思った彼らは、森をすごすごと出て行きました。

ドゥローパディー

クリシュナを満足させられるなら、あらゆる面で満足できるようになります。すべてが完璧になります。私達がクリシュナを愛し、クリシュナが私達を愛する。クリシュナは私達から愛されなくても、私達を愛してくださいます。クリシュナの慈悲がなかったら、誰もほんの一瞬でさえ生きていけません。



サツバルーパ・ダース

クリシュナ意識国際協会大阪センター長。カヴィチャンドラマハラージに入門・師事。月一回のサタデーフィーストを主催している。